【第4回】 非認知能力は子どもの姿や行動の見取りから ~前編~

【第4回】 非認知能力は子どもの姿や行動の見取りから ~前編~

210601-111121b_2.jpg岡山大学全学教育・学生支援機構 准教授(教育方法学)中山芳一(なかやまよしかず)先生
1976年1月、岡山県岡山市生まれ、現在45歳で3児の父親。岡山大学教育学部卒業後、当時は岡山県内に男性一人といわれた学童保育指導員として9年間在職。学童保育の研究が将来的な学童保育の充実に必要不可欠と確信し、教育方法学研究の道へ方向転換した。現在は、岡山大学全学教育・学生支援機構 准教授として学生たちのキャリア教育や課外活動支援を担当するとともに、全学生必修の初年次キャリア教育の主担当教員も務める。そして、20年以上に及ぶ小学生と大学生の教育経験から、「非認知能力の育成」という共通点を見出し、全国各地で非認知能力の育成を中心とした教育実践の在り方を提唱している。現在、幼児教育や小中高校の教員、一般の児童・生徒や保護者を対象とした講演会の回数は年間250件を超える。

これまでの主な著書
・『東大メンタル―「ドラゴン桜」に学ぶやりたくないことでも結果を出す技術』 (2021年、日経BP)
・『大学生のための教科書』 (2020年、東京書籍)
・『家庭、学校、職場で生かせる!自分と相手の非認知能力を伸ばすコツ』 (2020年、東京書籍)
・『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』 (2018年、東京書籍)
・『新しい時代の学童保育実践』 (2017年、かもがわ出版)
・『コミュニケーション実践入門』 (2015年、かもがわ出版) 



家庭で伸ばそう!
学力テストで測れない非認知能力!!

非認知能力は子どもの姿や行動の見取りから ~前編~



まずは子どもを見取ることから始めよう!

前回、私たち大人が子どもたちへ意識づけすることで、子どもたちがそれぞれに応じた非認知能力を自ら伸ばそうとする意識へつなげられること、そして、そのためにも価値観や自己認識や行動特性へアプローチしていきたいことを確認しました。今回はその意識づけを具体的にどうしていけばよいのかについて説明していきます。

 ということで、まずは「見取り」の大切さについてです。見取りという言葉は、よく教育や保育の現場にいらっしゃる専門職者の方々が使われる言葉です。簡単に言ってしまえば、目の前の子どもたちのいろんな姿や行動を「見つけて取り上げる」ということですね(ちなみに、医療や福祉でよく使われる「看取り」とは漢字も意味も違いますので、ご注意ください)。

 この見取りは、子どもの意識づけになくてはならないことです。具体的に説明するなら、みなさんはここ最近、お子さんのどんなステキな姿や行動を見つけられましたか?

①「めんどくさい…」と言っていたのに、気持ちを切り替えて勉強し始めた姿

②頼んでもいないのに自分からすすんでリビングの掃除をしてくれた姿

③「ハサミ取って」と頼んだら、ハサミの持ち手の方を向けて渡してくれた姿

いかがですか? このような日常生活の中に埋め込まれていそうな何気ないお子さんの姿をみなさんは見つけることができていますか? ともすれば、何気なさ過ぎて見過ごしてしまってはいませんか? もし、見過ごしてしまっていたとすれば、それはとてももったいないことになってしまうのです。

 例えば、第1回でご紹介した3つの非認知能力グループを使ってみましょう。まず①は、気持ちを切り替えられたわけですから、「自分と向き合う力」に紐づけられます。次に②は、自分からすすんで(積極的に)してくれたわけですから、「自分を高める力」に紐づけられるでしょう。そして、③は渡す相手のことを配慮してくれたわけですから、「他者とつながる力」に紐づけられます。このように、それぞれのステキな姿や行動は何らかの非認知能力に紐づけられているという点が最大のポイントになるのです。

 従って、私たち大人が日常生活の中で子どもたちが見せてくれるステキな姿や行動を見つけて取り上げて(見取って)、その姿や行動は「価値あることなんだよ」と子どもたちに返してあげることができれば、子どもたちの意識づけへつなげていけることになるでしょう。


プロセスの中でこそ見取ろう!

さて、それでは私たちは「どこ」で子どもたちの姿や行動を見取っていけばよいのでしょうか? この「どこ」というのは…例えば、わが子が何かに取り組んでいるとしますね。受験勉強でもスポーツの試合や芸術のコンテストでもOKです。すると、ここには大きいものから小さいものまで、いろいろな結果が出てきます。受験勉強であれば合格こそが大きな結果でしょうし、模試の順位は小さな結果になります。スポーツの試合や芸術のコンテストにも大きな結果から小さな結果までありますよね。そして、結果が出るか出ないかはとてもわかりやすくて、共有もしやすいものです。ところが、この結果を共有したとしても、その中で先ほどのように見取ることはできません。なぜなら、結果は結果でしかないために「できた」か「できなかった」かという二択の共有しかできないからです。子どもが何かをできたときには喜び、できなかったときには励ます…それ以上のことを共有することはできません。そこで、私たちは子どもたちの取り組みのプロセスそのものに目を向けます。受験に成功したなら、そこまでの受験勉強のプロセスの中で何があったから成功できたのかを見取ります。スポーツの大会で負けてしまったとしても、そこに至るまでに流した汗と涙について見取ることでしょう。結果には「できた」か「できなかった」かという二択しかないのに対して、プロセスは「そこまで何をどのようにやってきたのか」を問うからこそ、いろんな見取りができてしまうわけです。

 つまり、子どもたちが何らかの目標(結果)に向かうプロセスの中にこそ、そこで子どもたちが非認知能力を発揮しようとしたステキな姿や行動がたくさんあって、それを見取ることができれば、意識づけの第一歩になります。