世界の非認知能力

スウェーデンで校長も務める田中麻衣さんに、現地の非認知能力教育をきく(前編)

2023.7.19

スウェーデンで校長も務める田中麻衣さんに、現地の非認知能力教育をきく(前編)

予測不能な未来を生き抜くために育みたい力として注目を集めている「非認知能力」。偏差値やテストの点数、IQなどとは異なる、心や内面に関わる力を指し、創造性、自分を信じる自己効力、忍耐力、決断力、疑う力、コミュニケーション力、表現力、など、さまざまな力が含まれます。海外では、そのような能力はどうとらえられ、生活や教育に息づいているのでしょうか。今回は、スウェーデンで学童保育の再建、小・中学校の教頭・校長職を経て現在は就学前教育に携わっている田中麻衣さんにお話をうかがいました。

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田中麻衣さん
高校、大学と2度のスウェーデン留学を経て2012年にストックホルムへ移住。スウェーデンで放課後支援サービスの再建をしたことをきっかけに学校運営に携わる。ストックホルム大学にて校長資格取得。小・中学校の教頭、校長、教育コンサルタント企業運営を経験し、現在は二校の就学前学校で校長を務める。子どもも大人も学び、成長し続けられる組織づくりを目指す。教育現場で子どもたちの非認知能力を伸ばす実例とアイディアがたっぷり詰まった実践集「スウェーデンと日本発!非認知能力を伸ばす実践アイデアブック(中山 芳一、田中 麻衣、德留 宏紀 著)が2023年8月発売。




「個人を尊重する」スウェーデンでの衝撃

私とスウェーデンとの出会いは、高校生で経験した交換留学プログラムです。当初はたまたま派遣されることになった国に過ぎなかったスウェーデンですが、行ってみると空がとても広く感じ、絵本の中に入ったような景色に感激したことを覚えています。最初は言葉も分からず苦労しましたが、その壁を突破すると、大人たちがまだ高校生である自分も個人として尊重してくれ、「あなたはどうしたいのか」「どう思うのか」「なぜそう思うのか」と事あるごとに尋ねられることに驚きました。そのような中での留学生活は「自分が考えていることが大事なんだ」「私はなんでそうしたいんだろう?」と自分の中にあるものを見つめ直すとても良い機会になりました。

 

自分について、答えられない悔しさ

スウェーデンでは普段の食事の席でも、自然にお互いの考えを話し合います。政治的な話、環境的な話、社会問題の話、人生の哲学的な話など、テーマはその時によりさまざまですが、お互いの意見をきいて議論するのが当たり前。初めの頃は考えや理由を聞かれ、答えられない自分に焦りましたが、「次に聞かれたら答えられるようにしよう」と少しずつ挑戦するうちに、議論の楽しさや自分に興味を持ってもらうことのうれしさを感じるようになりました。スウェーデンでは皆が対等で、皆の意見が大事。「当たり前」は国によって全く違うんだということを実感しました。

1年後、留学から帰国する時にはすでに「スウェーデンに戻ろう」ということを決めていました。もっとこの国を知りたい、もっとこの国の中で成長してみたいという思いが抑えきれなくなっていたのです。帰国後はスウェーデンに留学するための大学・学部を選んで進学し、大学3年生の時に再びスウェーデンに留学しました。

 

気が付けば、「学びとは何か」を追いかけていた

卒業後、スウェーデンでの仕事を探していた時に、ご縁があり学童保育の再建に関わることになりました。もともと教育と関わる仕事をしようと決めていたわけではないのですが、大学でも先生になるためのコースを選択する友人が周りにたくさんいたり、学生スタッフとして教育関連のプロジェクトに携わったりと、今振り返れば、昔から教育は私にとって身近な存在であったと思います。その後、学童保育の再建の仕事を評価していただいたことをきっかけに小・中学校の教頭、校長を経験し、現在は就学前教育に関わっています。何かを教えるということ自体よりも、子どもも大人も関係なく、何が学びを引き起こし、何が人を成長させるのか、ということに興味があります。

 

スウェーデンにおける非認知能力は、「当たり前」

スウェーデンでは、日本で「非認知能力」と言われている能力が「非認知能力」という言葉で知られているわけではありません。しかし、以前からそのような能力はもちろん重視されており、学習指導要領の第一章でもに大前提として登場するほど。認知能力同じように当然のように大切にされてきた能力かと思います。しかし、これは日本でも同じではないでしょうか。昔から、道徳や、さまざまな行事などを通して育もうとしてきた力が、今、「非認知能力」として改めて注目されているということなのかなと感じています。また、今まで先生方が個人で自分なりのやり方で取り組んできた分野に学校単位、国単位で「働きかけ方」に統一性をもたせようという動きなのかもしれません。

中山芳一先生は非認知能力を以下の3つに分けていらっしゃいます。

  • 自分と向き合う力:自制心、忍耐力、レジリエンス など
  • 自分を高める力:意欲・向上心、自信・自尊感情、楽観性 など
  • 他者とつながる力:コミュニケーション力、共感性、社交性・協調性 など


スウェーデンに来て、特に日本との違いを感じたのは「他者とつながる力」の部分です。スウェーデンでは、異なるものを受け入れること、人を尊重することが重視され、違いを良しとし、それをいかに共存させていくかに重きが置かれています。私が学生だった当時の日本では、共感することや同じように思うことが大事、意見を一緒にするためなら自分の意見を言わないこともある、という風潮があったように感じています。

自分と向き合う力についても、スウェーデンでは感情に対する理解を深める取り組みを就学前から行います。これも、他者とつながり、共存することが重視されていることが影響していると感じます。共存のためには他者にどういう伝え方をするのが良いか、自分の感情とどう向き合うのが良いかを学ぶのです。


本コラムは全2回のうち前編です。後編もぜひご覧ください。