これからの大学

大学入試の変化に見る「学校が育むべき力」 前編

2023.7.11

大学入試の変化に見る「学校が育むべき力」 前編

新学習指導要領や共通テストの導入、総合型選抜入試の拡大など、大学入試が変わりつつある中で、学校が育むべき力とは?  湘南ゼミナールで総合型・学校推薦型コンテンツの開発責任者を務める川村一雄先生にお話を伺いました。

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株式会社湘南ゼミナール 川村一雄先生(株式会社湘南ゼミナール 高等部、総合型選抜(AO)・推薦コース 責任者)

武蔵野美術大学卒業後、大手大学受験予備校にて、今まで約7,000人以上の生徒たちの受験指導に関わる。その後、校舎責任者を経て、社内で新規ブランド(総合型・学校推薦型対策)を立ち上げた。また、予備校や個別指導、映像予備校向けの総合型・学校推薦型コンテンツ開発の責任者も務める。個人としては、高校での保護者会や講演会をはじめ、高校生対象のビジネスコンテストの審査員を務めたり、教育委員会とのキャリアデザインプロジェクト立ち上げなど、中学・高校生と社会をつなぐ活動にも精力的に取り組んでいる。

技術革新やグローバル化が進む中、これからの若者がはばたいていくのは、VUCA※と呼ばれる予測不可能な未来です。変わり続ける社会に柔軟に対応し、新たな価値を生み出す人材が求められる中、従来の知識重視の教育からそれらをベースに自分で考え、判断し、表現する力を身に付けるための教育への改革が進められています。共通テストになり、様々な視点で考察した上で思考を端的にまとめるなど、思考力・判断力・表現力を問われる問題になりました。また、高校3年間を新学習指導要領(2022年度から高校で実施)で学んだ生徒たちが入試を迎える2025年度入学者選抜からは、「情報」科目も新設されます。
※VUCA…Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を合わせた言葉。社会やビジネスにおいて未来の予測が極めて困難な様態を指す。

◇生徒との対話から感じる、高校の「格差拡大」

このような変化に対して、生徒たち自身は大きな危機感や焦りを抱いているようには感じられません。しかし客観的にみると、“偏差値以外”の能力に関して、生徒間の格差が拡大しているように思います。分かりやすく言うと、総合型選抜“でも”実績を出せる高校が、一般選抜でも実績を出せる時代になると考えています。ICTリテラシーでも、PCを使いこなしてビジネスコンテストなどに当たり前に出ている生徒もいれば、ワードやドキュメントすら使えない生徒もいます。この差は、見かけの難関大進学者“数”ばかりを重視するか、それとも大学入試は成果の一つととらえて高校内の教育コンテンツを統合的にデザインできているかの違いかもしれません。この違いは、例えば、ただ探究型学習を形式的に行うのか、科目教育でも用いる能力の育成まで図る内容に工夫するのかにも表れます。中学校時代から、企業との商品開発や外部と連携したプログラム開発などのプロジェクトを次々と経験し、データを踏まえ自分の考えを論理的に説明する力を身に着けた生徒もいます。逆に、探究活動でもただの調べ学習で終わってしまい、共通テストでも求められる思考力を育みきれていない生徒もいます。当然、各大学(特に難関大)への進学者数は、高校経営上の重要な指標であることは間違いありませんし、そのこと自体否定することはありません(私自身もいままで多くの塾・予備校の運営に携わってきましたので、よく理解できます)。また、探究学習やカリキュラムを統合的にデザインできる人材確保が難しい学校もあるでしょう。しかし、もしこの状況が改善されないと、共通テストをはじめとする入試改革や総合型・学校推薦型の隆盛により、単純に学習時間を増やすだけでは進学実績が伸ばせなくなると思います。
 
仕事柄、さまざまな高校に通う生徒と話をしますが、このような経験値の「差」を年々実感しています。難関大進学者数を増やすために科目教育のみを重視する高校の生徒の多くは、大学で何を学ぶのかを考える機会が乏しく、まず志望校や学部学科を選ぶところから苦労します。結果、総合型や学校推薦型という入試方式を活用しようにも、準備期間が足りず挑戦できなくなります(そもそも高校側が総合型選抜を勧めないケースも多いです)。また、大学進学自体が目的になるため、勉強自体をポジティブに捉えられず、成績が伸び悩む生徒も出てきます。

一方、近年進学実績を著しく向上させたいくつかの私立高校の生徒たちからは、勉強以外にも社会や身の回りの問題に関する話題が出てきます。生徒の好奇心や探究心は、高校の教育だけで育まれるものではなく、幼少期や家庭環境などの影響が大きいとは思います。しかし、進学実績を伸ばす高校では、生徒の素地に加え、学校内でも生徒の思考を促す教育に力を注いでいます。それらの高校に共通しているのは、一見大学受験(≒偏差値)とは反すると思われるような活動(探究活動、行事、社会教育など)を通じて、難関大入試で求められる能力を伸ばしている点です。当然、社会への目も開かれているので、志望校学部学科も早期に決まり、目的意識を持った学習が行えています。そして、勉強以外のことに興味を持つ生徒は、高校内での活動を実績として、総合型や学校推薦型にも積極的に挑戦できるのです。
つまり、学力を下支えする「コンピテンシー」の育成に注力している学校が、偏差値の向上に加え多様な入試方式の活用も出来て、進学実績を向上させていると分析しています。
このような教育の本質に迫る取り組みは、私立に限らず、公立でも見られるようになりました。神奈川県のトップ校でも、学校長自ら先導してリーダーシップや社会人基礎力にも力を入れています。結果、生徒も“とりあえず東大”ではなく“やりたいことができるから東大”と考え、進学実績を伸ばしています。また、そのような取り組みをする高校は、高校入試でも人気が上がり、より優秀な学生を集めています。
このように、社会で求められる力を意識し学校生活のあらゆる場面で育む学校は、結果的に進学実績も大きく伸ばすという好循環を生んでいます。



本コラムは全2回のうち前編です。後編もぜひご覧ください。