これからの大学

大学入試の変化に見る「学校が育むべき力」 後編

2023.10.16

大学入試の変化に見る「学校が育むべき力」 後編

新学習指導要領や共通テストの導入、総合型選抜入試の拡大など、大学入試が変わりつつある中で、学校が育むべき力とは?  湘南ゼミナールで総合型・学校推薦型コンテンツの開発責任者を務める川村一雄先生にお話を伺いました。

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株式会社湘南ゼミナール 川村一雄先生(株式会社湘南ゼミナール 高等部、総合型選抜(AO)・推薦コース 責任者)

武蔵野美術大学卒業後、大手大学受験予備校にて、今まで約7,000人以上の生徒たちの受験指導に関わる。その後、校舎責任者を経て、社内で新規ブランド(総合型・学校推薦型対策)を立ち上げた。また、予備校や個別指導、映像予備校向けの総合型・学校推薦型コンテンツ開発の責任者も務める。個人としては、高校での保護者会や講演会をはじめ、高校生対象のビジネスコンテストの審査員を務めたり、教育委員会とのキャリアデザインプロジェクト立ち上げなど、中学・高校生と社会をつなぐ活動にも精力的に取り組んでいる。

(この記事は、全2回のうち後編です。前編はこちら



◇総合型選抜の変化

一般選抜で高倍率・高難易度を維持している最難関国立大学や首都圏の難関私立大学では、ここ数年で総合型選抜による入学者数が大きく増加するとは考えづらいです。反面、一般選抜だけでは受験生確保が難しい大学では、増加すると予想しています。
同じ総合型選抜という入試方式でも、実施形態や出願する生徒層には大きな差があるのが実情です。特に難関大学が実施する総合型選抜では、内発的動機により探究活動や社会活動を行い、成果も出している生徒たちが出願します。そのような生徒たちは、世間がイメージしているスポーツや芸能などの実績を持つ生徒以上に評価されます。しかし、総合型選抜は、20年前のAO入試や一芸入試からアップデートされています。華々しい実績(○○に出演、全国大会出場…など)でなくとも、一貫した活動があることが評価されるのです。例えば以前担当した生徒は、認知症の徘徊や家族の負担に問題意識を持ち、行政施策・テクノロジー・地域コミュニティ創造の3点から解決策を検討しました。その過程で、区役所や代議士、企業やNPO法人などの各専門家への取材を行い、自身でも勉強会を主催したりボランティア活動にも参加したりするなど、主体的な学習を行いました。結果、その生徒は私立最難関大学に総合型で合格しましたが、同じ入試に出願していた全国レベルのスポーツ選手や芸能人の中には不合格になった人もいました。どのような分野でも、突き詰めることで、他の分野でも応用できる能力を高めることができます。大学は、受験生の見た目の実績ではなく、経験から学びを得ているか(≒メタ認知能力を備えているか)かや、志望学部学科での学びとの接点を理解しているかなど丁寧に確認します。つまり、経験を通して自分の課題や強みを発見し、分析して言語化できる力が求められているのです。
このような、総合型選抜の審査レベルの難化は、徐々に他の大学へも波及しています。東京にある中堅私立大学の総合型選抜でも、志望理由書と面接に加えて事前課題とプレゼンテーションも課すなど、軽い気持ちでは挑戦できない入試が増えています。このように、一部の難関大以外でも総合的な能力が試されるため、高校時代の探求活動や行事で思考力や主体性を備えていないと合格できなくなっています。
 
本稿の本筋からは逸れますが、総合型選抜は受験業界独特の偏差値帯グループ(GMARCHや日東駒専など)にも影響を与えているように思います。カリキュラムや学生獲得方法を工夫し、独自性を高めて、既存のグループ帯の中から頭一つ抜け出す大学も出てきています。立教大学は、自由選抜入試(総合型選抜)などは、毎年各分野で実績を出した生徒が数多く出願し、レベルの高い入試を維持しています。また近年飛躍的に人気が高まっている東洋大学も、学部学科ごとに様々な選抜方式を導入し、多様な人材獲得に成功しています。他にも独自性のある総合型選抜の例としては、中央大学文学部文学部人文社会学科フランス語文学文化専攻の「美術館等でのボランティア(またはそれに類似するプログラム)体験ないし教育普及プログラム等に継続的に参加した体験を持つ者」など、特定の経験を求める入試もあります。総合型選抜に力を入れている大学は、日本で最初に導入した慶應義塾大学をはじめ、総じて人気を高めています。主体的な学習活動を行い、リーダーシップも備えたモチベーションの高い生徒を確保できる総合型選抜入試は、大学の発展(他大学との差別化)という観点でも重要になると考えています。


◇入試の変化に対応する

知識をただ教え込むのではなく、知識を使いこなし、自ら考え、判断し、表現する力を育むことや、経験を学びの機会にすることが重要と分かっても、カリキュラムをすぐに大きく変えることは難しいかもしれません。しかし、実は教育の本質に立ち返ることが重要で、カリキュラム刷新は副次的なものです。教育の本質の一つは、「挑戦する勇気を後押しし、失敗から学ぶ大切さを理解する」ことではないでしょうか。具体的には、まずは日々の学習や行事の振り返りを習慣化させてみることをお勧めします。授業での取り組みでも、行事においても、それぞれの生徒には役割や目標があるはずです。何が良かったのか、何ができるようになったのか、何が足りなかったのかを考えることで生徒は学びを得て、それを繰り返すことで言語化する力を身に付けられます。非認知能力をはじめとする生徒の強みや課題、そしてその成長を可視化する「Ai GROW」のようなツールがあれば、その振り返りは一段と充実したものになるでしょう。それは大学入試にも、そしてその先の社会での活躍にも通じる力。生徒が幸せに生きていくための礎となるものです。
 
Chat GPT旋風でも浮き彫りになったように、知識をもとに柔軟に対応し、新たな価値を生み出すことができなければ、AIにとって代わられてしまう時代がすぐそこまで来ています。共通テストを受験しなくても、総合型選抜入試を受けなくても、幸せに、豊かな人生を生きていくためにはこの変化への適応は不可欠です。進学実績だけではなくその先の社会で生徒が生きる力を重視し、その力を育もうとする取り組み。それは今後、選ばれる学校として不可欠な要素となっていくのではないでしょうか。