【第8回】3分で読める実践型学習理論コラム! ー「やればできる」をまたちょっと考えてみるー
2021.12.1
【第8回:「やればできる」をまたちょっと考えてみる】
「新しい学力観」が提唱されてから早30年。指導要録は観点別となり、生徒の学ぶ「意欲」・「関心」の評価が重要視されるようになりました。これに合わせて、子どもの学ぶ「意欲」・「関心」という「見えない学力」、つまり定量化することが困難な非認知能力が注目されてきています。「生きる力」とも言われる非認知能力をご家庭でどのように伸ばし、未来を生き抜く力を身に付けることができるのか。
日本人として初めてグローバル・ティーチャー賞に選出された神田外国語大学の高橋先生のコラムを全13編の連載形式でお届けします。
神田外語大学 言語メディア教育研究センター 客員講師 高橋 一也(たかはし かずや)先生
慶應義塾大学大学院、米・ジョージア大学大学院でインストラクショナルデザインを研究(全米優等生協会選出)、蘭・ユトレヒト大学大学院で認知心理学を学ぶ。2008年より都内の私立学校の英語教諭として勤務し、2016年度より中学教頭を務める。2016年には日本人として初めてグローバル・ティーチャー賞の最終候補に選出される。現在、日本全国の学校で授業力向上の支援にも力を入れている。
「努力をほめよう」は本当に正しいのでしょうか。
単に「努力をほめよう」では全く効果がありません。認知心理学的に言うと、「具体的な改善点を褒めよう」となり、しっかりメタ認知能力を刺激しようぜ、となります。
至る所で出くわす「褒め言葉」は数学的帰納法のように、さらに塵も積もれば的に
具体的な改善点を示された褒め言葉の山
となります。
そして、その褒め言葉の山は目標と現状のコントラストのはっきりした「成功物語」へと翻訳されます。
何が言いたいのかというと、実は「ほめる」ことを続けることによって、学習者へ物語を伝えているのではと思ったのですね。
なぜ物語が効果的なのか、古典的な心理学の実験と脳科学の実験、さらにはアメリカの選挙にまで繋げてお話ししてみます。
あなたはすごいんだから
ローゼンタール先生がとある小学校で児童の将来の学業成績が正確に予測できるとされる「ハーバード式突発性学習能力予測テスト」と題された学習テストを実施しました。
そして数週間後、「有望な生徒」と判断された生徒のリストを先生達が受け取りました。そして、ローゼンタール先生は彼らに、「この生徒達は特別であり、今できないかもしれないけど、将来大化けする」といった趣旨の説明を受けました。
翌年、ローゼンタール先生は「優秀」とされた生徒達の追跡調査をしました。すると、なんと成績が激伸び。
種明かしをすると、この「ハーバード式突発性学習能力予測テスト」というのは、名前だけで全く無意味なものでした。
しかし、ハーバード大学のローゼンタール先生が「優秀な生徒です」と物語ることにより、先生達はこの選抜された生徒達に
1 より優しく丁寧に接し
2 多くのこと、応用などを教え
3 良く話を聞き、
4 こまめにフィードバックする
ようになったそうです。
つまり、ローゼンタール先生の物語に先生達がのり、生徒がそれを信じることにより「自分たちは特別なんだ」と思うようになったと言えます。
脳は断片的な情報より物語に反応する
ちょっと掘り下げて脳の活動の論文を調べてみると、於呂どくことが分かります。
実は私たちの脳は、様々な場所(モジュール)で情報を処理し判断しているのです。ですから、視覚だったらここ、言葉だったらここのようなある程度決まった反応箇所があります。しかし、物語を聞いた場合、脳はありとあらゆる場所のパワーをフル活用して物語を解釈し反応するようです。そして、特に感動的な言葉の物語に接した場合、末梢神経系などの活動が活発になり、シンクロ率が高まるという実験結果があります。
つまり何を言いたいのかというと、教える側が学習者に向かって「具体的な褒め言葉」を連発した結果、学習者はそれを「成功物語」と受け取り、教える側と学習者側が脳波でシンクロしまくり、オキシトシンが放出され、学習者の
ぜったい成功するどー
という信念が強固になるということです。
一応参考 ーー
B.K. Bracken, V. Alexander, P.J. Zak, V. Romero, and J.A. Barraza, “Physiological Synchronization is Associated with Narrative Emotionality and Subsequent Behavioral Response,” in Foundations of Augmented Cognition. Advancing Human Performance and Decision-Making through Adaptive Systems: 8th International Conference,, eds., D.D. Schmorrow and C.M. Fidopiastis (Berlin:Springer, 2014) 3–13.
Yes, We can.
この決めぜりふ覚えていますか?
そうですね、前アメリカ大統領、バラク・オバマ氏の決め言葉ですね。
実は、アメリカではこの「物語」が共感を生み出すというのは早くから注目され、最近の選挙ではスピーチライターが感情に訴える文章を多用するようになりました。
そして、それだけなく、大統領の役目は国民にアメリカ国民としての「物語」を提供するものであると認識されるようになったのです。
実は、超絶スピーチをしたオバマ大統領も当初、思うように「物語」を紡ぐことが出来ず、政府運営に相当苦労しました。
“政府の本質は、アメリカ国民にストーリーを伝え、特に困難な時期に、一体感や目的意識、楽観性を与えることにあります。私の最初の2年間は、"彼は多くのことをしているが、彼がどこへ行こうとしているのかを伝える物語はどこにあるのか "という考えがあったと思います。それは正当な批判だったと思います」。
"The nature of this office is also to tell a story to the American people, that gives them a sense of unity and purpose and optimism, especially during tough times. […] In my first two years I think the notion was, “Well, he’s been juggling and managing a lot of stuff, but where’s the story that tells us where he’s going?” And I think that was a legitimate criticism."
結局なんなのか
「努力を褒める」
「やればできる」
というのは研究の断片であり、本質は「成功物語」を共に紡ぐ作業だということです。
学習者が失敗を繰り返しているところに、適切なときに、具体的なフィードバックを与え続けることにより、それがやがて「成功物語」へと昇華するのです。
つまり、「やればできる」という学習成長物語を受け取ることにより、自分のメンタルモデルが変化することなんですね。
© 2021 Kazuya Takahashi
出典:高橋一也 「3分で読める実践型学習理論コラム!」 https://note.com/playfulquest/n/n7f6dc360d157 2021年
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